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横浜地方裁判所 平成8年(ワ)3458号 判決 1998年7月31日

原告

リモー株式会社

右代表者代表取締役

A

右訴訟代理人弁護士

和泉征尚

被告

柳井智生

主文

一  被告は、原告に対し、金六六三六万九六八三円及びこれに対する平成八年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八三五二万一一五四円及びこれに対する平成八年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、自動車部品の販売及び輸出入等を目的とする株式会社であり、被告は、平成三年一月一〇日から平成六年三月ころまでその代表取締役の地位にあった。

2  被告は、原告の代表取締役に在任中、D社の取締役であるEから、D社の資金繰りの協力を依頼され、平成四年初めころから平成五年五月末日ころまでの間、その資金調達のため、D社又はEに対し、融通手形として原告振出名義の約束手形合計八五通(額面金額合計二億八八〇八万〇八〇五円)(以下「本件融通手形」という。)を振り出し交付した。

3  しかし、D社又はEは、右の当時、本件融通手形の全部について決済資金を調達できる見込みがなく、現に、D社は平成四年八月には手形不渡りを出して銀行取引停止処分を受け、その後は実質的な営業を何ら行っていない。被告は、原告の代表取締役として、右のように融通手形の振出、交付をする際には、融資先の返済能力の有無につき善良な管理者としての注意を払い、その返済能力を確認すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、他の取締役に相談することもなく、Eに請われるまま漫然と、決済見込みのない本件融通手形をD社又はEに対して振出、交付し、D社の銀行取引停止処分後も、約九か月にわたって、これを継続した。

4  その後、D社又はEは、本件融通手形の額面金額合計額のうち、二億〇〇三四万三四五三円を決済し、残額八七七三万七三五二円については決済資金を調達できずに、原告において決済することを余儀なくされ、右同額の損害を被ったところ、原告は、D社に対して一九八万円の未払印刷代金債務を負担しているので、これを控除した損害残額は八五七五万七三五二円となる。

5  よって、原告は、被告に対し、商法二六六条一項五号に基づく取締役の善管注意義務違反の債務不履行による損害賠償として、右八五七五万七三五二円のうち、八三五二万一一五四円及びこれに対する訴状に代わる準備書面送達の日の翌日である平成八年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3の事実のうち、D社が平成四年八月に手形不渡りを出して銀行取引停止処分を受けたことは認めるが、その余は否認する。

3  同4の事実は認める。

4  (積極的事情)

(一) 本件融通手形の一部が原告主張のように決済不能となった経緯は次のとおりである。すなわち、原告はAが実質的に支配する会社であり、被告は、ユニークな発想を持つ先輩として同人を尊敬し、全幅の信頼を寄せ、その指示を受けながら、十数年にわたり原告の経営に当たってきたところ、平成三年夏ころ、Aから、米国のF社が開発したレーザーを使用した紙の加工機(以下「レーザー加工機」という。)によるレーザー加工事業に関して相談を受け、印刷業者であるD社と共同で右事業計画を進めることになった。同年一二月、G社に対するレーザー加工機の販売と共同事業の計画が具体化し、平成四年一月にはG社が購入の正式決定をしたが、右の共同事業は、Aが米国で経営しているC社においてF社のレーザー加工機の日本に対する独占販売権を取得していることが前提となっており、被告もAからその旨説明を受けていた。ところが、同年二月ころ、G社の調査によってC社が右独占販売権を取得していないことが判明してG社に対する販売計画は中止となり、その後、原告、D社、H社その他による共同事業も計画されたが、結局、原告がC社からレーザー加工機を入手できずに中止された。被告が、D社の資金調達のため、D社又はEに対し、本件融通手形を振出、交付したのは、共同事業が前記のとおり具体化した後のことであり、被告としては、D社がその売上げによって本件融通手形の決済資金を調達することができると判断していたところ、右のとおり共同事業はAに起因する事情により予想外に中止を余儀なくされ、そのためD社又はEにおいて本件融通手形の一部の決済資金が調達不能になったものである。

(二) 被告は、平成二年四月、原告の債務を担保するため、原告の取引金融機関であるI社に対して肩書住所地の自己所有不動産につき多額の根抵当権を設定しているのであるから、原告主張のように、D社のEから請われるまま、決済見込みのない本件融通手形を漫然と振出、交付することはあり得ない。また、本件融通手形の合計八五通のうち、原告が銀行取引停止処分を受けた平成四年八月一三日以降に振出、交付された分は、それ以前に振り出した融通手形の決済資金を調達するためのものであり、原告主張のように、漫然と融通手形の振出、交付を継続したわけではない。

三  抗弁

1  過失相殺

仮に、被告が原告主張の債務不履行責任を免れないとしても、以下の事情があるから、過失相殺の法理により、原告もその主張の損害につき応分の負担をすべきである。

(一) D社又はEにおいて本件融通手形の一部の決済資金が調達不能になり、本件損害を被るに至ったのは、前記二4(一)のとおり、原告を実質的に支配するAに起因する事情により原告とD社の共同事業が中止を余儀なくされたことにあるから、右損害のすべてを被告が負担する結果となるのは公平を欠く。原告は、本来、D社のEから損害の回復を図るべきである。

(二) 原告の発行済株式は、Aと並んで原告の代表者でありAの実兄に当たるBの親族がすべて保有し、原告の取締役及び監査役も、被告を除き、すべてBの親族であり、設立時から本件係争期間の当時まで一度も原告に出社したことはない。原告の経営は被告がAと相談しながら行ってきており、Aからは原告の経営内容をBらに報告しないよう指示を受けていた。また、原告は、Aの個人的な借入金二億円のほかJに対する四千数百万円の債務を支払い、C社に対する約一億数千万円の売掛代金及びAが設立したK社に対する数千万円の貸付金を放置している。こうした事情の下では、被告以外の取締役こそが原告の経営について善管注意義務違反を問われるべきであり、本件損害についても同様である。

2  相殺

被告は、原告の代表取締役に在任中、原告のため、AのLホテルの宿泊代二二三万六一九八円を同ホテルに立替払しているところ、原告は、被告に対し、平成七年九月二八日到達の書面により、原告の本訴債権をもって被告の右立替金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告が原告の代表取締役に在任中、原告とD社の共同事業として米国F社のレーザー加工機の日本国内における販売及びレーザー加工事業が計画され、G社との間でその計画が進められていたことは認めるが、その余は争う。

右販売計画はいずれも打ち合わせの段階にすぎず、G社に対する販売計画も、被告らにおいて原価約三五万ドル(三五〇〇万円ないし四〇〇〇万円)程度の右加工機を一億八〇〇〇万円もの高額な価格で商談を進めていたことが後日発覚したため、破談になったものである。被告が原告振出名義で本件融通手形を振出、交付したのは右破談後のことであるから、D社が右販売計画の売上げによって本件融通手形の決済資金を調達することができると判断していたとする被告の主張は、それ自体不自然極まりない。

2  抗弁2の事実は認める。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1、2の各事実、D社が平成四年八月に手形不渡りを出して銀行取引停止処分を受けたこと及び請求原因4の事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、原告は、被告が代表取締役として原告振出名義で振出、交付した本件融通手形の一部を自己の負担において決済することを余儀なくされ、D社に対する未払印刷代金債務を控除した残額八五七五万七三五二円の損害を被ったものというべきである。

二  そこで、取締役としての善管注意義務違反による被告の債務不履行責任について判断する。

1  被告が原告の代表取締役に在任中、原告とD社の共同事業として米国F社のレーザー加工機の日本国内における販売及びレーザー加工事業が計画され、G社との間でその計画が進められていたことは当事者間に争いがなく、右事実及び前記争いのない事実と証拠(甲一ないし六、一一、一二、乙一、二の1、2、三ないし八、原告代表者、被告本人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、自動車部品の販売及び輸出入等を目的として昭和五四年六月に設立された資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、資本金の全額をAが出資したが、Aは、米国で同種の営業を目的とするC社の代表者をし、米国における法人決算や税務申告上の配慮から、原告の設立時以降、実兄のBを商業登記簿上の代表取締役に据えながら社主として実質的な経営をしていた。昭和五七年ころ、Aと旧知の被告が専務の肩書で原告の取締役になり、平成三年一月一〇日にはBと各自代表により代表取締役に就任し、C社の日本における窓口的な立場で営業をしていたが、アルミホイールを主体とする商品の開発、デザイン、製造及び販売等の経営の全般はAから指示を受けて行っていた。

(二)  被告は、原告の代表取締役に就任したころ、Aから米国のF社が開発したレーザー加工機の日本国内における販売とレーザー加工事業の展開に関する相談を受け、印刷業者であるD社に紹介し、マーケティング・リサーチなどを経た後、平成三年五月ころ、原告とD社の共同でレーザー加工事業を行うことを大筋で合意し、D社の有力取引先であるG社等にレーザー加工のカタログを配布した。G社は、レーザー加工機を購入して事業化することに意欲を示し、同年一二月に担当役員が被告、D社の取締役であるEらと渡米しAも合流してレーザー加工機等を見学し、平成四年一月にはG社は購入方針を決めていたが、右の共同事業については、Aも被告と頻繁に連絡を取り合い、C社がF社の日本に対する独占販売権を取得していることを前提としており、Aもその旨被告に説明していた。

(三)  被告は、平成四年二月ころ、D社から資金繰りの協力依頼を受け、レーザー加工事業には印刷業者が不可欠であり、D社又はEがレーザー加工事業の収益により融通手形の決済資金を調達することができると判断して、Aや他の取締役に相談することなく、独断で、原告振出名義の融通手形を振り出し交付し、D社から同額の交換手形を預り、以後、これを繰り返すようになった。ところが、同年二月末ころ、G社からC社が右独占販売権を取得していないことを指摘され、同年三月にはG社との事業計画は中止となった。その後、原告、D社、H社その他の共同事業も計画されたが、結局、C社によるF社からのレーザー加工機の輸入が実現せずに右計画も中止され、同年八月、D社が手形不渡りを出し、銀行取引停止処分を受けるに至った。

(四)  D社は、昭和四七年四月に設立された資本金二五〇万円の株式会社で、平成元年度から平成三年度までの各決算期において、売上高は四億三〇〇〇万円から五億八〇〇〇万円に上るものの若干の利益を挙げる程度であった。被告は、本件融通手形の振出、交付の当時、D社が月商約一〇〇〇万円から一五〇〇万円の会社であると聞いたにすぎず、その収益状況や資産内容については格別調査をせず、交換手形を受け取る以外に担保を徴することもしなかった。被告とD社との間の平成四年八月三一日付け金銭貸借契約書において、同日現在の融通手形は合計二五通、額面金額合計七九八七万四四九〇円(平成三年度のD社の年間売上高の約一四パーセント相当)であることが確認されているが、被告は、その後も、平成五年五月三一日満期の約束手形を最終分として融通手形の振出、交付を続け、結局、本件融通手形は合計八五通(額面金額合計二億八八〇八万〇八〇五円)に上った。

(五)  平成五年一一月五日、原告の主力取引先に対する買掛代金債務の支払手形の不渡り事故を生じ、被告は代表取締役専務の辞任願を提出したが、これを機に、AにおいてM弁護士等に依頼し原告の経理内容を調査させたところ、右のとおりの被告による多額の融通手形の発行の事実が判明し、平成六年二月七日にAが原告の代表取締役に就任した。被告は、平成六年三月末には原告を退職したが、その後、請求原因2、4記載の各事実と同旨のほか、原告の損害は被告が取締役としての任務に背いた結果である旨の記載があるM弁護士作成の同年五月二日付け債務承認書に押印している。

2 ところで、株式会社と取締役との法律関係には委任の規定が適用されるから(商法二五四条三項)、取締役は、会社に対し善良な管理者の注意をもってその職務を執行すべき義務を負い、この義務に違反して会社に損害を被らせた場合には、会社に対してその損害を賠償すべき義務を免れない(同法二六六条一項五号)。もっとも、取締役は、企業経営の見地から、諸般の事情を総合的に考慮し、企業人として合理的な選択の範囲の行動をする裁量権を付与されているから、取締役の職務の執行の結果として会社に損害を生じたことから当然に、取締役としての善管注意義務違反が問われるべき筋合のものではない。そこで、この見地から、前記認定事実に基づき、被告の取締役としての善管注意義務違反の存否について検討する。

(一)  被告は、原告の代表取締役に就任後、資金繰りの協力依頼を受けたD社に対して原告振出名義の本件融通手形の振出、交付を始めた時点においては、既に、原告とD社の共同事業として米国F社のレーザー加工機の日本国内における販売及びレーザー加工事業が計画され、D社の有力取引先であるG社がレーザー加工機の購入方針を決めていた経緯がある。また、このレーザー加工機の購入、事業化については、原告の全額出資者として実質的に会社を支配し、かつ、米国で同種の営業を目的とするC社を経営していたA自身も、被告と頻繁に連絡を取り合い、G社の担当役員と同行してレーザー加工機等の見学に赴くなどして関与しており、被告としても、本件融通手形の振出、交付に際し、レーザー加工事業には印刷業者が不可欠であって、D社又はEがレーザー加工事業の収益により右融通手形の決済資金の調達が可能であるとの判断に立っていたことは明らかである。

(二)  しかしながら、被告は、原告の代表取締役に就任した後、アルミホイールを主体とする商品の開発、デザイン、製造及び販売等の経営の全般について社主としてのAから指示を受けて職務の執行をしていたのに、D社に対する資金繰りの協力のために原告振出名義の本件融通手形を振出、交付することについては、Aには一切相談せずに独断専行したものであって、後日、原告の支払手形の不渡り事故を契機とする社内調査によってこれが判明している。被告がD社に対して共同事業に参加することを求めたのは、前記のとおりD社がレーザー加工事業に不可欠の印刷業者であったからであるが、その各決算期における売上高が四億三〇〇〇万円から五億八〇〇〇万円に上るものの若干の利益を挙げる程度であり、現に、共同事業の商談を始めてから日の浅い相手に融通手形の発行による資金繰りの協力を求めるような営業実態であったのに、被告は、その収益状況や資産内容については格別調査をせず、交換手形を受け取る以外に担保を徴することもしていない。

(三)  原告代表者の供述によれば、Aは、かつて自己の設立した会社の経営を被告に委ねたところ、被告が手形不渡り事故を出したため、右会社を整理して原告を発足させ、途中から被告を原告に入社させた経緯があり、自己の関係する会社において、商取引の実体を欠く融通手形の発行は原則的に認めない方針であったことが認められる。また、前記認定からすれば、被告が融通手形の発行を開始した当時、原告とD社等との共同事業の前提であるF社からのレーザー加工機の入手、共同事業の規模、構成、方針や収益計算、更にはD社又はEが右収益により融通手形の決済資金を調達できる可能性などについても、確たる具体的な見通しなり成算があったわけではないことがうかがわれる。

(四)  また、被告は、これより先に、原告の債務を担保するため、原告の取引金融機関に対して自己所有不動産につき多額の根抵当権を設定していたことを根拠に、決済見込みのない本件融通手形を漫然と振出、交付することはあり得ない旨主張する。確かに、証拠(乙五、一〇、一一、被告本人)によると、被告は、平成二年四月、原告の取引金融機関であるI社に対し、肩書住所地の自己所有不動産につき、原告及び被告を債務者として極度額一億七〇〇〇万円の根抵当権を設定しており、右I社の原告に対する融資額は平成九年七月当時一億六二三八万円余に上り、被告も保証人としてその履行請求を受けていることが認められるが、取締役に課されている善良な管理者の注意義務は、自己の財産に対する注意義務よりも高度の義務とされているのであり、被告が自己の個人資産を原告の債務の担保として提供している一事をもって、取締役としての右注意義務が当然に免除ないし軽減されるわけではない。

3  以上に検討した諸点を総合勘案すると、被告によるD社又はEに対する本件融通手形の振出、交付をもって、企業人として合理的な選択の範囲の行動であると認めることは困難であり、被告は、取締役としての善良な管理者の注意義務に違反して原告に損害を被らせたものであるから、原告に対して債務不履行責任を免れないといわざるを得ない。

なお、D社の銀行取引停止処分後も、半年余にわたって融通手形の発行が続けられている点について、被告は、銀行取引停止処分後は、それ以前に振り出した融通手形の決済資金の調達のためであり、原告主張のように漫然と融通手形の発行を継続したわけではない旨主張し、その本人尋問においても同旨の供述をしている。しかし、そうであるとしても、平成四年八月三一日当時の融通手形は合計二五通、額面金額合計七九八七万四四九〇円(平成三年度のD社の年間売上高の約一四パーセント相当)であることが確認されており、この時点で既に融通手形の発行が相当程度行われていたことが認められ、その後も、平成五年五月三一日満期の約束手形を最終分として融通手形の振出、交付を続け、結局、本件融通手形は合計八五通(額面金額合計二億八八〇八万〇八〇五円)に上ったというのであるから、右判断を左右するに足りない。

三  進んで、抗弁について判断する。

1  抗弁1(過失相殺)について

(一)  Aは、米国でC社の代表者をする一方、資本金一〇〇〇万円全額を出資して同種営業の原告を設立し、実兄のBをその登記上の代表取締役に据えながら、日本における窓口的な位置付けで社主として原告の実質的な経営を行い、被告が原告の取締役、更には代表取締役に就任した以降も、アルミホイールを主体とする商品の開発、デザイン、製造及び販売等の経営の全般につき被告に指示をしていたことは前示のとおりである。また、証拠(甲二、三、六、一二、乙四、九、原告代表者、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件融通手形が発行された当時、原告の発行済株式二万株はBの親族が保有し、原告の取締役及び監査役も、被告を除いて、すべてBの親族であったこと、原告の役員は設立以来、被告を除いて一度も原告に出社したことはなく、取締役会も書類上は開催されていることになってはいても、現実に開催されたことはなかったこと、Aは、原告は自分の会社であるとの認識が強く、来日時に利用していたLホテルの宿泊費も原告が支払う約束になっていたほか、個人債務も一部を原告に支払わせていたことが認められる。右事実からすれば、Aは、原告の実質的な支配者であり、被告を日本におけるいわば手足として自らの事業を展開し、被告の職務の執行も実質的に指揮監督し得る立場にあり、反面、他の取締役及び監査役には被告の職務の執行の監督を期待していなかったことが明らかである。

(二)  また、レーザー加工機の購入、事業化については、A自身も関与しており、その共同事業は、C社がF社の日本に対する独占販売権を取得していることを前提としていたところ、C社が右独占販売権を取得しておらず、G社やその後のH社等との共同事業も相次いで中止に追い込まれているが、仮にこの共同事業の計画がとん挫しなかったとすれば、本件における原告の損害が少なくとも前記認定の程度にまで拡大しなかった可能性も一概に否定することはできない。この点について、原告代表者は、平成四年二月ころに、レーザー加工機のG社に対する販売計画が中止になった原因は、被告らがレーザー加工機の販売価格をF社の米国内での標準価格よりも著しく高額に設定しており、このことがG社の調査で判明したことにある旨供述する。しかし、Aが、共同事業について被告と頻繁に連絡を取り合い、G社の担当役員と同行してレーザー加工機等の見学に赴くなどして関与していたことは前示のとおりであるから、G社に対するレーザー加工機の販売価格という取引の基本的事項について、A自身が平成四年二月当時知らなかったとは考え難く、右供述は採用の限りではない。

(三) ところで、取締役の善管注意義務は、株主が取締役に対して会社の経営を委ね、会社の所有と経営が分離されている法制の下で、前記のとおり、取締役が会社との間で委任関係に立っていることに由来するものであるから、取締役に善管注意義務違反が認められる場合であっても、それによる損害につき会社にも応分の負担をさせることを相当とする事由が存在するときは、民法四一八条が規定する過失相殺の法理の類推により、損害賠償額の算定に当たって右事由を斟酌するのが相当である。本件において、原告の実質的な支配者であり、被告の職務の執行を実質的に指揮監督し得る立場にあったAに関する前記のような諸事情は、本件損害につき、原告にも応分の負担をさせることを相当とする事由に当たるというべきである。そうすると、本件に現れた諸般の事情を総合考慮すれば、被告の原告に対する損害賠償の額は、前記損害八五七五万七三五二円からその二割を減じた六八六〇万五八八一円(円未満切り捨て)と認めるのが相当である。

2  抗弁2(相殺)について

抗弁2の事実は当事者間に争いがないから、被告の本件損害賠償の額は、結局、右相殺後の残額六六三六万九六八三円となる。

四  結論

以上の次第であるから、原告の請求は、被告に対し、債務不履行による損害賠償として六六三六万九六八三円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官板垣千里 裁判官弘中聡浩)

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